ビクトリアでの生活まとめ

この記事は、2016/12/6に執筆されたものです。

 

9/10から12/3まで、カナダのビクトリアという小さな町に滞在し、

小さな学校で改めて栄養学を学んでいました。

約3か月間の滞在で印象的だったこと、

学び得たことのまとめを、

箇条書きにしてから書きたいと思います。

 

①代替食品の種類がとても多い

②ヴィーガン・ベジタリアンに対する壁の低さ

③オーガニック食品に対する壁の低さ

④食育の概念がない

⑤カナダ人へのインタビューで聞いた「アメリカの食生活よりマシだと思う」という言葉

 

それぞれ順番に説明していきますね。

 

①代替食品がとても多い ②ヴィーガン・ベジタリアンに対する壁の低さ

 

皆さんだったら、「牛乳の代わりになるもの」として

何を思い浮かべますか?

日本だったら、豆乳がメジャーだと思います。

では、他には?

アーモンドミルクも最近、認知度が高まってきましたね。

ではでは、他には?

 

私はビクトリアで、他にもカシューナッツミルク、ライスミルク、

ココナッツミルク、ヘンプミルクなどを見つけました。

 

ヘンプミルクには驚き!

ヘンプとは、麻の実のこと。

麻の実を、アーモンドミルクの要領で飲料にしています。

ヘンプミルクでラテを提供しているカフェもありました。

”豆乳、場所によってはアーモンドミルクが手に入る”という状況の

日本と比較すると、代替品のバリエーションの差は一目瞭然です。

 

他にもこんなものを見つけました。

 

 

Veggie Patty…動物由来成分を含まない、

大豆などで作られたパテです。

隣にあるのは大豆由来成分で作られたヴィーガンチーズ

 

 

Vegetarian Grain Meat…大豆や小麦で作られたソーセージ。

 

これらの写真をとったTHRIFTY FOODSは、ごく普通のスーパー。

Thrifty(倹約な、つましい)という名が表すように、

高級スーパーではありません。

ごく普通のスーパーでもこんな風に

代替食品専用の商品棚が設けられるほど、

動物性食品の代替品には高いニーズがあるようです。

 

また、この状況は、動物性食品の摂取を制限する

ヴィーガンやべジタリアンに対する壁が低いこと

を象徴していると思いました。

 

以前のブログでも触れましたが、

持ち運べる食品の量に限りがある屋台のホットドック屋さんでも、

ヴィーガン用ホットドックとして、

大豆で作られたソーセージと、

ナスで作られたソーセージの両方を用意していたのには驚きです!

 

また、ビクトリアには、グリーンキュイジンという

ヴィーガン料理専門店もありました。

 

ヴィーガンになること、

ヴィーガンとして食生活を送ることが、

日本と比較するとたやすい。

受け入れられている。

 

グルテンフリーのパンやパスタも、

多くのスーパーで購入できます。

小麦に含まれているタンパク質であるグルテンは、

セリアック病というアレルギー症状の原因だったり、

最近ではブレインフォグの原因として話題になっています。

 

小麦食中心の欧米諸国ではこれらに対する関心が高く、

レストランなどでは通常のパスタやパンをグルテンフリーのものに

変更するオプションもちらほら見かけました。

わたしは日本でこういったオプションを見たことがなかったので、すごく印象的でした。

 

このような多種多様な食品が揃うようになった理由としてはまず、

人種がミックスされたことによる食文化の多様化と

宗教上の理由による食べられない食品の種類の

多様化があげられるのではないでしょうか。

 

「カナダの伝統的な食文化ってどんなもの?」と聞くと、

みんな口を揃えて「人種がミックスされているから、

食文化も色々混ざっていて特にこれといったものはないかな」

と答えました。

(強いて言うなら朝にグラノーラを食べること、と答えてくれた人はいた)

 

牛乳を飲まない食文化(アフリカの国など)、特定の動物の肉を食べない食文化…

食文化の違いは世界に多々ありますよね。

その食文化が一か国に集約されると、食品の種類もこんな風に増えるのだと思いました。

 

そして、動物愛護地球環境に対する関心も食生活に変化をもたらします。

わたしもCowspiracyという映画を授業で見て、

牛肉や豚肉が家庭に届くまでにどれだけ水やエネルギーを消費しているのかを知って驚愕しました。

 

食料の間接摂取は多くのエネルギーと資源を要します。

ベルギー人の友人はこの映画を観て、ヴィーガンになったと言っていました。

 

あとは、これは不確かなので何とも言えませんが、カナダで出逢った、

人種がミックスされている状況に慣れ親しんだ人たちは「空気を読む」という概念がなく、

色々な意見があるのは当たり前とし、少数派の意見をきちんと聞く姿勢を持っている印象です。

その結果、代替食品の開発が進んだのではないかと思いました。

日本は多数決で決めるイメージが強く、

とにかく売れる商品を置くことが当たり前という印象がとても強い気がしました。

(どこの国でも共通であろう、商売の基本だけれども。)

 

日本はカナダと比較して人種や宗教に多様性がなく、

食の欧米化と言いながらも「和食」という長い歴史を持った象徴的な食文化が根強く存在し、

代替食品に対する関心が低いのかもしれません。

 

海外から移住した人が「日本でグルテンフリーの食材を見つけるのに一苦労している」といった言葉も最近聞いたりしますし、

乳成分や卵、小麦、大豆などの成分を含まない代替食品に対するニーズは日本でも高まっているはずです。

 

 

③オーガニック製品に対する壁の低さ

 

これも以前ブログに書きましたが、

同じアボカドでもオーガニックのものと

オーガニックでないものが隣同士で陳列されていたりします。

 

値段はいつもオーガニックの方が少し高いですが、

値段の差があることも堂々と公開されています。

(野菜とか果物だと大体いつも50セント~1ドルくらいの差)

 

「オーガニックという選択肢もあるよ」「オーガニックが良い人はお好きにどうぞ」

な感じが、「オーガニック食品は高級スーパーなどの特定の場所や、通販で買うもの」

という日本とは異なります。

 

ただ、 カナダのビクトリアは定年退職者が移り住んだり

別荘を構えたりする、比較的富裕層が集まる地域です。

なので、この光景は、そういった値段だけで決めない人が

多い地域だったからこそ見られたとも考えられました。

 

また、決して高級スーパーではないけれど

基本的に普段は適正価格で販売をしている

スーパーでこのような光景が多く見られ、

「安く済ませるならココ」のイメージがある

格安スーパー的なところでは、

オーガニック食品はあまり見かけませんでした。

 

オーガニックの良し悪し自体は、色々なところで議論が続いています。

わたしはオーガニック農家さんにお邪魔した経験から、

色々な生き物がその場の自然に生きていて、

生産者側も「良いことをしている」と感じながら働けるなら、

オーガニックという生産方法は良いなと思いました。

加えて、個人的にはオーガニック=ミーハーという見方には、

値段が少し高くなっているもの買えることに対する

妬みのようなものも感じてしまいます。

 

色々な選択肢があるカナダのスーパー、いいなと思いました。

 

 

給食がない 

 

カナダの学校には一般的に給食がありません。

 

ちなみにカナダは、G7とOECDメンバー国の中で唯一給食制度を定めていない国。

ただ、わたしが留学していたブリティッシュコロンビア州は、

学校のカフェテリアやイベントごとなどで

提供する料理に対してガイドラインを設けています。

公立の学校はこれを守らなければならないけれど、

私立学校などは義務ではありません。

 

「他に、小学校で食に関する授業はあった?」と

カナダ人の友人など(21~32歳)4人にきくと

みんな「フードピラミッドとかを見たのは覚えているけど、

具体的に何を習ったかは覚えていない」と答えました。

 

まあ、10~20年前の話になるから、当たり前といえば当たり前かもしれない。

栄養士さんも「病院にいる人か、コンサルタントとして個人で活動している人」

という感じで、決して身近な存在ではないようです。

 

給食がないから、食のモデルとなるのは常に家の料理。

もし毎日外食なら外食が、 ハンバーガーなら ハンバーガーが、

ベジタリアン食ならベジタリアン食が、

その人にとっての「食」の概念になる。

 

留学中に出会った全く料理をしない友人は

「子どものころは両親がすごく忙しくて毎日外食だった。

だからか、私にとって食事は”作る”っていう過程の概念が抜けてて、

”出てくる(サーブされる)”ものなんだよね」

といいました。

 

また、ベジタリアンの友人はこんな興味深いことを言っていました。

「なぜベジタリアンになったかって、両親がベジタリアンで毎日同じものを食べていたから…

僕にとってはその食事が当たり前。僕は一度もベジタリアンになろうと思ったことはないんだ」

これら友人の言葉は、子どもの頃の食体験が大人になったときの

食に対する考え方に大きく影響する事実も示していると思います。

 

一方座学で食について習っても、カナダ人の友人の言葉が表しているように、

それは肝心の大人になったときに記憶に残っていません。

 

日本人の友人たちに食育の授業ことを聞いても、

「家庭科か何かの時間で何かを聞いたのは覚えているけど、

内容は覚えていない」という答えが返ってきます。

でも同時に、「給食のことは覚えてる?」と聞くと

「それは覚えている」と口を揃えて言います。

毎日毎日、五感で味わう給食はさすがに記憶に残るんですね。

 

ただ、記憶の残り方は人それぞれです。

「バレンタインにチョコが出たことと、カレーがとろとろだったことを覚えている」

「鯨の肉が出たのは今でも印象的」

「給食を通して暖かい料理を食べられる有難みを学んだと思う」

「今思い出すと、友達とご飯を食べられるって良かったと思う」

 

特にみんな、給食を食べたおかげで健康的な食事に興味を持ったというわけではありません。

 

わたしも、給食の記憶と言えば、揚げパンとカレー、

焼きそば、コールスロー、

チョコレートのスプレッドがおいしかったこと、

毎日牛乳が出たこと、当番があったこと、

作ってくれた人に感謝しましょうと習ったことという感じです。笑

 

ただ、栄養士さんとの距離が近く

「給食=専門の人が作ってくれた健康的な食事」と、

五感で分かりやすく学べたことはすごく良かったと思います。

 

そして、家庭の料理以外の食の記憶があるということが重要だと思います。

「必ずしも家の料理が当たり前じゃない」という比較基準ができる。

また、日本でどうしてハンバーガーが「健康に悪い」と認知されているか。

給食という比較基準があるというのも、大きな理由の1つだと思うのです。

 

ジェイミーオリバーの番組に出てきましたが、

子どもの時からハンバーガーしか食べていなければ、

それが「普通の食事」になってしまいます。

 

使う食材、料理の種類、味付けの濃さ、油分の多さ、量…。

「これは塩強すぎるかな」「油多すぎるかな」「1食の量多すぎるかな」

ちょっとこれを言葉にすると少しおもしろく聞こえますが、

「給食はこうじゃなかったよね」みたいな比較基準として、

大人になったときに人々の中で存在感が強くなるとすごく良いなと思います。

 

受け身になりがちな座学だけでは、やはり長く記憶には残らない。

カナダ人の人へのインタビューを通してカナダと日本の食育の熱の差のようなものも感じたと同時に、

日本の、給食という五感を使って健康的な食事について学ぶシステムの素晴らしさを学びました。

 

ただ、きっとカナダで給食がない理由の1つに、最初の方に書いた食の多様性があると思います。

食べられるもの・食べられないものが、宗教やポリシーなどによって様々で、

1つのメニューを全員に提供することが難しそうです。

 

 

カナダ人へのインタビューで聞いた「アメリカの食生活より良いと思う」という言葉

 

カナダ人の友人にインタビューを行った際に、彼がふと言った言葉です。

「カナダの食事はアメリカと比べるとまだ良い(better)と思うんだ」

これを聞いたときに、日本では食の欧米化と一括りにしているけれど、

カナダの人とってはアイデンティティというか、少しプライドのようなものがあるのだなと思いました。

(人種がミックスされててこれといった食文化はない、というけれど)

 

 

 

カナダにある食として

ハンバーガー・パスタ・サンドイッチ・ペストリー…

オイリーで重く、ポーションサイズ大きめのものばかりイメージしていましたが、

必ずしもこれは正しくありませんでした。

 

カナダの食は、代替品の多さやオーガニック食品へのアクセスのしやすさなど、

食の面で日本よりも進んでいると思われる部分がたくさんありました。

これを読んで、少しでもカナダの食に対する印象は変わりましたか?

 

 

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ABOUT US

管理栄養士の養成課程を卒業後、大学院に進学。 そこで約半年間休学し、カナダ、ニューヨーク、カンボジアで食に関連したインターンシップに従事した。 ブログでは食、健康、大好きな旅に関する情報を発信する。 詳しくは「ミチについて」にて。 連絡は「ミチに連絡する」からメッセージを送っていただけます。